【このミス2019】海外編1位の『カササギ殺人事件』を読んでみた

【このミス2019】海外編1位の『カササギ殺人事件』を読んでみた

『このミス2019』発売

すっかり年末の風物詩として定着した感のある、別冊宝島の『このミステリーがすごい!』。一年間に国内で出版されたミステリー小説の中から、小説家、書評家、ミステリー同好会などの投票によってランキングを決定、関連記事と共に一冊にまとめたムック本です。

僕はこの冊子を非常に重宝しておりまして。ミステリ―マニアの中には、「この手のランキングを確認してから、ベスト10を読んでいくような奴と本の話はできない。」なんて上から目線で物申す輩もいるようですが、まさに僕がその「ベスト10から読んでいく人」です(笑)

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ただでさえ貴重な余暇は、映画だ、自転車だ、玩具探しだ、ゲームだ、ラジオだ、漫画だと忙しいので、読書に費やすことができる時間やお金は限られたもの。そりゃどこの馬の骨のものとも判らない作品を読んで大失敗するより、大勢の人が「良い」と薦めるものに当たった方が、色んな面で節約になる可能性が高いってもんではないでしょうか。僕はどちらかというと海外ミステリが好みですので、作家に関しての情報が少ない分余計に、だったりします。

誰も聞いてない自己弁護はこのくらいにして、2018年(本のタイトルは2019です)今年のベスト10。発表前に既に読んでいたのは、国内編4位東野圭吾の『沈黙のパレード』と海外編3位ジョー・イデ『I.Q』と5位ドン・ウィンズロウ『ダ・フォース』のみ。今回は海外編1位に、個人的に非常に好ましい作家の著作がランクインしましたので、素直に1位から買って読んでみました。

そんなわけでアンソニー・ホロヴィッツ著『カササギ殺人事件』(上下巻)のご紹介です。

あらすじ

※東京創元社の公式発表に若干肉付けしてストーリーを紹介しています。物語の核心には触れていませんが、読む前に事前情報を一切入れたくない方は、ご注意ください。

1955年7月、サマセット州の富豪、パイ家の屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。すべての鍵が施錠された屋敷の、大広間の階段の下で倒れていた彼女は、なぜ死んだのか……。事件は、小さな村の密接に絡み合った人間関係に不協和音を産み出し、新たな惨劇の幕があく。余命を宣告された名探偵アティカス・ピュント、最後の推理が冴えわたる。

ミステリー小説の編集者である「私」の元に、人気作家アラン・コンウェイによる名探偵アテュカス・ピュントシリーズ最新作の原稿が届く。待ちに待った原稿に取るものもとりあえず早速読み始める「私」。その作品がやがて現実を侵食し、思いもよらぬ方向から「私」の運命を狂わせていく。一本の小説、そしてシリーズに秘められた恐ろしい秘密とはー。

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おススメポイント

あらすじでお判りのように、この作品は、前半部が作中作となるアガサ・クリスティーオマージュの本格ミステリー、後半が舞台を「現実」に戻しての新たな展開とすべての解決篇、という入れ子構造になっています。

特筆すべきは、この前半部と後半部、別の作家が書いたかのような筆致でありながらそれぞれが一級のミステリーとして成立しているところです。単純に言ってもこの作品には長編小説2本分のネタと労力がかけられていますし、変幻自在に文体を操ることができる筆者の技量に並々ならぬものがあることが容易に伺えます。

なんといっても前半部の大部分を構成する、「作中作」が非常によくできています。地方の洋館で起こった惨劇、善良さを装った疑わしき住民たち、間違った結論に飛びつこうとする警察、遅れて参上する名探偵。こういった「カントリー・ハウスもの」として名だたる大家に使い古されてしまった題材をあえてオマージュとして豊富に使い、上下巻通してこの「作中作」そのものが伏線として機能するよう仕掛けを凝らせたうえで、単独でも優れた「フーダニット(犯人あて)」小説として仕上げるというまさに離れ業をやってのけています。

個人的な話をすると、僕はアガサ・クリスティーやエラリー・クイーンといったいわゆる「本格ミステリー」、舞台設定や人物が奇抜な謎のためだけに用意されたミステリー(身もふたもない言い方をすると、名探偵コナンのような話)を、10~20代の頃に読み過ぎたせいか、少し苦手にしています。そんな「リアル好き」の読者にとっても、本作はメタフィクション構造であるため、現実と地続きの世界の話として興味を持続させるつくりになっています。探偵アテュカス・ピュントほか、「作中作」に登場するキャラクターも生き生きとしていて、人物に魅力があるので、それもこの作品の優れたリーダビリティに一役買っていますね。

スッキリした後味も含めて、あらゆるミステリーファンのために書かれたといっても過言ではない、年末の長い休みのおともにピッタリな一作です。

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著者について

最後に、アンソニー・ホロヴィッツという著者について少しご紹介します。

僕がこの作家を知ったのは10年くらい前、ヤングアダルト向け小説の『女王陛下の少年スパイ!アレックス』シリーズによってでした。ジョジョの奇妙な冒険でお馴染みの荒木飛呂彦さんがカバーイラストを担当していたこともあって、子供向けの本と知りつつなんとなく本屋で立ち読みしたんですが、面白かったのでそのまま買ってしまったことを覚えています。

そのときは著者のことは気にしていなかったのですが、数年後(2015)コナン・ドイル財団が、ホームズシリーズの正式な続編として初めて許可を出したという『シャーロック・ホームズ 絹の家』が話題に。本格ミステリーから心が離れているとはいえ、ホームズの新作とあらば読まないわけにはいかないだろうと、即購入、あっという間に読破し「本家よりよくできてるかも。」という不遜な感想を抱きました。

そのあたりで「アンソニー・ホロヴィッツ」の名前を脳裏にインプットして、また数年後(2017)、今度は007の新作「007逆襲のトリガー」をホロヴィッツが手がけたというニュースが飛び込んできます。なんでもイアン・フレミング財団がフレミングが遺した草稿を元に彼に完成を依頼する形で実現したとか。

このあたりで僕も、この作家が只者ではないことにようやく気付きました(笑)

調べてみると、アンソニー・ホロヴィッツは御年63歳。本国イギリスでは知らない人はいないくらいの圧倒的なキャリアをもつ小説・脚本家です。テレビドラマの『名探偵ポワロ』や『バーナビー警部』、『刑事フォイル』などで筆頭脚本を務め、長年に渡りお茶の間(イギリスだから紅茶ですかね)を楽しませてきました。小説の分野でも未邦訳作品が多いですが20年のキャリアを持つ大ベテラン。古今東西のあらゆるミステリーに精通する専門家でありながら、自らも超一流の小説家という異形の存在であります。先ほど筆者の技量の話をしましたが、さもありなん、というわけです。

少年向けからハードボイルド、クラシックから現代ミステリ、あらゆる型を自在に使い分ける達人、ミステリー界の剣豪、それがアンソニー・ホロヴィッツです。ちなみに彼のツイッターを覗いたら、今回のランキングでトップをとったことを非常に喜んでいました。


最新作『The sentence is death』(未邦訳)も非常に調子がいいみたいですし、今後とも要注目の作家です。

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