神岡という地
飛騨山中の「神岡」という地は2つの事柄で世界的に有名である。
1つはカドミウム中毒が引き起こすイタイイタイ病という公害病の発生地として。
もう1つは日本にノーベル賞をもたらした、素粒子研究装置が設置されている場所として。
神岡鉱山は富山湾に注ぐ神通川の水源に位置している。
山をくりぬいて亜鉛や鉛を産出していたが、流れ出した産業廃棄物カドミウムが川を下って流域の住民に深刻な被害をもたらした。
イタイイタイ病が公害病として認定された直後(1968年ごろ)、当時学生であった私はこの鉱山を見学した。
大型の掘削機械や運搬装置を通すため、坑道は驚くほど大きかった。
見学できたのは鉱山のほんの一部ではあったが、トンネルの横幅はテニスコート一面の奥行ほどに、高さは三階建てのビルがすっぽりおさまるくらいに、そして長さときたらもうキリもなく奥へ広がっていた。
『007は2度死ぬ』(1967)に登場する秘密の地下墓地より遥かに迫力があった。
カミオカンデ
神岡鉱山はそれから程なくして閉鎖されたが、その後、残された大きな坑道を利用して、宇宙から降り注ぐニュートリノを検知するため、内部に巨大な純水を貯めたタンクが設置された。
カミオカンデだ。
このタンクの内壁には、大きな電球のような形状をした「光電管」という光検出器が何千個もびっしりと行儀よく並べられた。
この「光電管」を製造したのは浜松に本社を置く浜松ホトニクスという会社だ。
ニュートリノがタンクに飛び込むと微弱な光を発するので、この光電管でそれを捉えようというのだ。
この検出装置のお蔭で、ニュートリノには質量があることを確認できたのである。
この功績に対し、研究の中心となった梶田隆章氏にノーベル賞が与えられた。
今やこの装置はさらに研究が加えられ、規模も大きくなって研究が継続している。
浜松ホトニクス
私は浜松ホトニクス社も訪れたことがある。
小さな社屋ではあるが、光子に関わる装置については世界中に知れ渡るキラキラ光る会社である。
3階の会議室のあちこちに光電管の実物が置かれていて、そこからノーベル賞の香りが立ち上っていた(気がする)。
これがあの有名な装置かと感慨深かった。
こういった一芸に秀でた組織の長によくいるタイプの、柔和な飾らぬ性格の社長さんも参加しての夕食会に招かれた。
そこでの会話はほぼ全て光電管とカミオカンデのことであった。
開発当初は光電管もよく破損したそうだ。
それを忍耐強く改良を重ねて見事な成果へと結びつけてみせた。
日本には、こういった小粒の山椒のようなピリッとした企業が沢山ある。
日本にとっての宝である。
重力波も調べてます
神岡鉱山跡地にはカミオカンデの他にも、宇宙物理学に貢献することが期待されている「重力波を測定する装置」が建設されている。
超新星爆発とかブラックホール同士の衝突時に発生する空間の歪みが原因で発生する重力波は、地球に届く時点で非常に微弱であるため、精巧でかつ規模の大きな装置を必要とする。
この分野の研究ではアメリカが先行しているものの、日本も世界に4つしかない巨大装置の1つを保有することで科学に貢献しようとしている。
重力波は、天文単位である1.5億kmの間隔で原子1個分、つまり0.1ナノメートルの揺れしかもたらさないから、検出装置は大きければ大きいほど良いし、また人工的な振動や騒音を極力遮断しなければならないので、山の内部という鉱山跡は環境的に申し分ないのである。
全長3Kmにも及ぶこの装置は「KAGRA」という名称を与えられている。
名前の由来はKAMIOKAからKA、Gravitational WaveからGRAをとった。