『NETFLIXオリジナルはアカデミー賞にふさわしくない問題』について考える

『NETFLIXオリジナルはアカデミー賞にふさわしくない問題』について考える

第91回アカデミー賞

2019年2月25日(現地時間24日)に開催される第91回アカデミー賞授賞式は、洋画ファンの端くれとして、近年の同アワードで最も賞の行方に興味が惹かれます。

何しろ作品賞を含む最多10部門にノミネートされたアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA』は、映像配信サービスNETFLIXのオリジナルコンテンツ。アカデミー賞ノミネートの資格を満たすために限られた劇場で公開されてはいるものの、月会費を払えば誰でもいつでも自宅で鑑賞することができる映画です。「映画館で鑑賞されることを目的としていない作品」が、映画の殿堂、アカデミー作品賞をとるようなことがあれば、これは時代の潮目が変わる「その瞬間」に相違ありません

ひと昔前までは、テレビドラマ、もしくはテレビ用映画というと、劇場映画と比較して予算の規模や、俳優の質、ひいては作品のクオリティに明らかな差があり、フィルムメーカーを志す若者は、誰でも最初は劇場映画監督になることを夢見ていたものでした。それがここ20年くらい、スマートフォンを象徴とする個人用端末の爆発的な普及などにより状況は一変。映像だけでなくゲームやSNSといった個人用の娯楽は多様化し、それと反比例する形で映画館で映画を鑑賞する人は減り続けています。

大手スタジオは減る客足に頭を悩ませ「ヒット確実な作品」しか作りたがらなくなり、若手監督たちが撮りたいものを撮り、世に出るチャンスはどんどん減ってしまっています。そんなフィルムメーカーたちにとって出口の見えない悪循環に、見方によっては射す光となったのが、NETFLIXやAmazonプライムを始めとする個人向け映像配信サービスでした。

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所有するPC、タブレット、スマホを使い好きな時に映像を楽しめるこれらのサービスは、利用料金を月額1,000円程度と間口を広くして膨大な数のユーザーを獲得、そしてここからが一時期隆盛を誇ったレンタルビデオ業者がやらなかったことなんですが、彼らは集まった巨大な資金を活かして、ドラマ・映画・バラエティー番組などのオリジナルコンテンツを製作。そしてそれを自社サービスの会員に向けて既存の映画やドラマと並べて配信したのです。こういったオリジナルコンテンツは概ねクオリティが非常に高く、試みの開始からほどなくして「それ目当て」のユーザーの流入に成功します。

1.「敷居を低くして、巨大な資金を集める。」2.「資金を使ってオリジナルコンテンツを作る。」3.「そのオリジナルコンテンツでユーザーの囲い込みをする。」4.「さらに多くのオリジナルコンテンツを作る」というビジネスモデルは、斜陽産業と言われて久しい映画業界にとってまさに革命的といっていい好循環を生むものでした。個人的にも、NETFLIXが始めたこの手法は、囲い込みの手段として非常に真っ当で、好ましいものだと考えます。

ただし、この円環の中には、「映画館」という概念がさっぱり消えてしまっており、そのことで懸念を表明する映画関係者は少なくありません。

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スピルバーグは警鐘を鳴らす

押しも押されぬハリウッドのリーダー、スティーブン・スピルバーグは、第55回映画音響協会賞のスピーチで、これら映像配信サービスが提供するコンテンツの質が非常に高いことを認めつつも、フィルムメーカーが観客にもたらすことができる最大の貢献はあくまで「映画館での体験」だと主張しています。スピルバーグといえば昨年(2018年3月)、NETFLIXオリジナル映画について、「アカデミー賞にはふさわしくない」という主旨の発言をし、議論を呼びました。

彼の発言は一貫して「映画館の存在価値」がいずれ無くなってしまうことへの警鐘であり、実際、彼の懸念が現実となって映画館が消えてしまったら、我々映画ファンにとって非常に辛い事態と言えるでしょう。

ただ、こういったNETFLIXなどの映像配信サービスの隆盛が、イコール映画館ばなれと結びついているというのは短絡的な見方だと僕は思います。映画館離れが起こっているのではなく「映画ばなれ」が起こっているのであり、映像配信サービス、特にNETFLIXは業界に先駆けてこれに歯止めをかけたのであって、映画業界から褒めたたえられこそすれ、「賞に値しない」などとの指摘はいささか的外れに感じます。

世界で指折りの会計事務所アーンスト&ヤングが昨年(2018年12月)に発表した調査結果でも、「映像配信サービスと映画館は競合関係にない」という結論でした。映画館に足しげく通う人ほど、映像配信サービスを長時間利用しており、逆に映画館に行かない人ほど、映像配信サービスを使っている割合は低く、あえて言うならば映像配信サービスは、普段映画を観ない層に「映画を観る」という選択肢を提供していると考えるのが最も自然なようです。

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映画館だけでは他の娯楽に太刀打ちできない

僕なんかもそうですが、そもそも映画館を「特別な場所」と考えているのは、一定の年齢より上の世代の人間が多いのです。

映画というものに初めて触れた場所が「映画館」であり、真っ暗な空間で、大勢の見ず知らずの人間と一緒に固唾を飲んで大スクリーンに見入る、これより楽しいことは存在しないと思えた瞬間、それは全世代の人にとって共感しうる体験ではなくなってしまいました。

若者にとっては、勝手に決められた時間に劇場を予約したり、行儀の悪い他人に不愉快な思いをしたり、原価から考えればありえない値段のポップコーンに首を傾げたりするよりも、自宅のそれなりに大きいテレビで誰にも邪魔されず、好きなスナックをつまみながら楽しむ方が気楽でいいのかもしれません。他にやること一杯あるなかで、少なくない金額を支払って映画館に通う意義が希薄になるのも無理ないです。世の中オンデマンドサービスの時代になって久しいのです。

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映画館側もあれこれ工夫はしてるんだと思いますが、IMAXや4DXで付加価値を付けたって喜ぶのは元々の映画好きだけで、もともと高いと思っている入場料をさらに上げることで、新規ユーザーの獲得が望めるとは到底思えませんし、都市部で中小劇場を駆逐してしまったシネコンは、集客が見込める映画しか上映しないため、ちょっと興味を持った映画が近所の映画館でやってないことなんか珍しくもなんともなくなりました。彼らは書店がAmazonに淘汰されつつある現状を我がこととして捉えているでしょうか。

潤沢な予算で優秀な人材を雇用し、会員制という限られた環境で公開することで劇場映画やテレビドラマにギチギチに課せられた規制からも解き放たれ、今や映画創作の第一線の現場となりつつあるNETFLIXら映像配信サービス。彼らが提供する良質なコンテンツによって、観客が失われた映画への興味を再び取り戻し、やがて映画館にも足を運ぶようになる、その希望を託す意味で、今回のアカデミー賞では『ROMA』の大躍進に期待したいです。

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