日本列島が震撼した事件
1976年9月、ソビエト連邦防空軍の将校ヴィクトル・ペレンコ中尉は、当時西側諸国にとって謎に満ちていた最新鋭戦闘機MiG25を駆って、北海道の函館空港に強行着陸の上、アメリカへの亡命を要求した。
日本中がひっくり返ったような騒ぎとなった。
ソ連の戦闘機の領空への侵入をやすやすと許してしまったから。
航空自衛隊のファントム戦闘機は、当然スクランブル発進していた。地上のレーダーも一時機影を捉えた。
しかし見失ってしまった。
この国の防衛システムはいったいどうなっているんだ!
日本国民は仰天し、背筋が寒くなった。
しかしこの事件、驚いたのは日本国民だけではない、アメリカをはじめとする世界中が吃驚したのである。
というのも飛来したMiG25(NATOコードネームはフォックスバット)は、西側の戦闘機が達成できていなかった最高速度マッハ3という、ありえないほどの速度性能を持つ脅威の戦闘機として認識されていたからである。
アメリカは、この戦闘機が本格的に配備されたら西側の防空体制は瓦解してしまう、と危機感を募らせていたところであった。
その謎の戦闘機が思いがけず手に入った。
間髪を入れずアメリカのフォード大統領はペレンコ中尉の亡命を許可した。
逆に虎の子をトラれたソ連は何が何でも機体と中尉を取り戻そうと、あらゆる手を使って日本を脅してきた。
関係のない日本漁船をやたらに拿捕してみせた。
しかし、日本はペレンコさんを保護し、調査前の機体返還を拒否した。
中尉は日本人の誠実さと意志の強さに敬意を表した。
暴かれたMiG25
MiG25は日米の関係者により徹底的に分解調査された。
ペレンコ中尉本人からも、機体の情報だけでなく、ソ連空軍の内部情報などがもたらされた。
その結果、西側諸国の心配は杞憂であることが判った。
一時はMiG25を意識した新しい防空システムを導入すべく巨額の支出を覚悟していたが、その必要はなくなった。
まず、最高速度のマッハ3という数字は実際にはかなり誇張されたものであった。
設計上は可能でも、そんな高速を出したらMiG25のエンジンは焼き切れて二度と使えなくなってしまうような代物であった。
中尉本人も操縦に当たってはマッハ2.5を超えないよう注意していたという。
ソ連の冶金工学は西側に比べ遅れていて、本来はチタンを使用すべきところを鋼鉄で機体を製造した。このため重量が増加した。
電子回路の技術も未成熟であったから、真空管が用いられていた。
また航続距離に至っては、どんなに燃料を節約して飛んだとしても、せいぜい900kmであると中尉は証言した。
事実、ペレンコ中尉の飛び立った極東のサハロフ空軍基地から函館までは800kmしかなく、函館に着陸した時点での残存燃料は、ほぼゼロであった。
当時、西側の戦闘機の平均航続距離が2,000kmを超えていたことや、またMiG25の機体そのものがドッグファイトを行えるような構造をしていなかったことで、この機体は「戦闘機」ではなく「迎撃機」であると定義し直された。
つまりMiG25は、領空侵犯してくる敵機に対し高速度で接近、すれ違いざまにミサイルを発射する、という役割に特化したロケットのような飛行機であったのである。
とにかく重たくバカでかい機体で、空虚重量は19トンちかく、全長は26mもあった。
(参考までにF-15イーグルは13トン、20m。ゼロ戦21型は2.3トン、12mだ。)
しかし、悪いところばかりというわけでもなく、デザイン的には斬新で、双発エンジンに双垂直尾翼はその後の西側の戦闘機も真似をしたほどであった。
エンジンの冷却液に使われていたアルコールの純度が高く、味が良かったのでソ連では「アルコール運搬機」と呼ばれていたそうだ。
因みに当時のソ連の軍人さんは劣悪な環境に置かれれていて、貧しい生活を強いられており、これがペレンコ中尉の亡命理由の一つとなった。
日露戦争の頃のロシア側の記録によると、旅順のトーチカにいた兵隊達は酒がないと動かなかったそうだ。
ウォッカもってこい!
今も昔もロシア人はアルコールに目がないのだ。
関連する機体
事件の反省から、自衛隊は最新鋭のアメリカ製E-2早期警戒機(ホークアイ)などを導入して、第二のペレンコ中尉が飛んでこないか目を光らせている。
事件の時スクランブル発進したF-4ファントムは、初飛行から半世紀以上経つがまだ現役。
まるで齢80にしてエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんのようだ。
世界各国の空軍が我も我もと採用した結果、通算生産機数が5,000を軽く超えてジェットエンジン機としては世界トップクラス。
戦闘機の中のベストセラーだ。
MiG25の分析を踏まえて造られたのが、航空自衛隊も配備している有名なF-15イーグル戦闘機。
二基の強力なエンジンと二枚の垂直尾翼が特徴。機体は鋼鉄ではなくチタン合金で造られている。
空力を考慮されて、MiG25と比較するとやや丸みを帯びたシルエット。コックピットの視界も広く作られている。
最高速度はマッハ2.3程度。マッハ3はやりすぎなのだ。
そのかわり、操縦性や航続距離などにも配慮したバランスの取れた仕上がりとなっている。
最近になってF-22ラプターというステルス新鋭機が米軍に投入されたが、それまではこのF-15が世界最強の戦闘機という評価であった。
航空自衛隊は現在、日本向け仕様のF-15を計200機運用中であり、その数はアメリカに次いで多い。
導入後30年が経つも日々改良が加えられていてその能力は向上し続けている。