以前の記事で、筆者が若いころ、「現代アートに造詣が深い人間」に憧れて日夜研鑽を重ねていたものの、「現代アート」と称する作品のあまりの幅の広さに理解が深まるどころか逆に混乱をきたした結果、開き直って、もうわかりやすく凄いものや面白いものだけを観に行くことにしたというようなことを書きました。
本稿は、そんな「素人にも凄いとわかるものがアート」というストロングスタイルなアートの親しみ方を提唱する僕の、かなり狭いストライクゾーンに入って来た作品を鑑賞しに、はるばる青森県は十和田市現代美術館まで行ってきた記録となっております。
青森が誇る「青森ねぶた祭」や「三社大祭」などの催し物にかこつけて、かの地に赴かれる予定の方も少なくないと思いますのでご興味のある方は参考にしてみてくださいね。
ロン・ミュエクの彫刻
今回の旅のお目当ては、十和田市現代美術館にて所蔵・展示されているロン・ミュエクの『スタンディング・ウーマン』という作品です。
ロンミュエクは1958年生まれ、オーストラリア出身のハイパーリアルな人体の彫像を得意とするアーティスト。
百聞は一見に如かず、↑こちらの画像は、金沢21世紀美術館で開催された個展でも展示された『MASKⅡ』という作品ですが、グラスファイバーとシリコンで成型されたこういった本物と見紛うばかりの精緻な人間の模型を、視覚的に違和感を感じるサイズで作るのが彼の作風です。
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僕がロン・ミュエクと彼の作品を知ったのは今から7年くらい前(2012年)、ロンドンのテート・モダン(国立近現代美術館)を訪れた際に、彼の『ghost』という思春期くらいの少女を模した彫刻を見て、そのリアルさと醸し出される異様な雰囲気に衝撃を受けて、「どんな人が造ってるんだろう?」と思ったのが始まりです。その『ghost』は、ブログに写真を載せるのが少しためらわれるデザイン(水着姿の少女)ですので、ご興味ある方はgoogleで画像検索などして頂きたいのですが、調べてみると作者のロン・ミュエクは、元々は映画業界でプロップ(小道具)やマペットの製作を専門としていた方で、デヴィッド・ボウイ出演で話題となり、大ヒットしたあの伝説の名珍作『ラビリンス/魔王の迷宮』(1986)にもマペット製作チームの一員として参加していたんだそうです。
この『ラビリンス/魔王の迷宮』という映画が僕は大好きでして、主演のジェニファー・コネリーが可愛かったということや、デヴィッド・ボウイが好きだったということももちろんあるのですが、劇中沢山登場する、不気味ながらもどこか愛らしいモンスターたちがとにかく魅力的で、スターウォーズ初期三部作にも通じる、CGのない時代特有の手作りの魅力が溢れている忘れがたい作品なのです。で、この映画の中に、主人公サラと仲良くなる巨体ながら気が弱い「ルド」というモンスターが登場するのですが、なんとロン・ミュエクさん、マペット製作担当でありながら、このルドの声優も担当していたんだとか。
『ラビリンス』のファンでないと僕の興奮がいまいち伝わらないと思いますが、あの「ルド」がいつの間にかアーティストに転身していて、面白い作品を次々に生みだしている、ということで、これは一度生で彼の作品を見なければと思っていたわけです。
ところが、ロン・ミュエクの作品は世界各地の美術館に点在しており、彼の作品を一挙に鑑賞できるチャンスだった金沢21世紀美術館での個展は2008年に終了。国内で彼の作品を見ることができるのは青森県は十和田市現代美術館のみとなってしまっていたわけです。
国内とはいえ何しろ青森県ですので、東京在住の身からすれば物理的にも精神的にも小さくはない距離があったのですが、齢も40を過ぎ、気になっていることをポンポン消化していかないと後で悔やんだりしそうだなと思い立ち、意を決して北へ向かったわけです。
十和田市現代美術館
「アートによるまちづくり」Arts Towadaを提唱する青森県十和田市が、そのプロジェクトの拠点として2008年に開設したのが十和田市現代美術館。
今回はレンタカーなどを使わず、全て公共交通機関、青い森鉄道青い森鉄道線「三沢」から十和田観光電鉄バスに乗り、「官庁通」停留所下車というルートを使いました。「三沢」までは新幹線の発着駅「八戸」から青い森鉄道で20分くらい。「三沢」からバスで「官庁通」までは、25分から30分といったところです。「官庁通」停留所からは徒歩10分です。結構かかるとお思いでしょうが、お祭りの時期はともかく普段は空いているので、座席に座って移動できるのでそんなに辛くはないと思います。
作品ひとつひとつに展示室が与えられ、美術館自体がひとつの「街」を形成しているというコンセプトの十和田市現代美術館。
ほぼ全ての作品が、空間全体をアーティストの作品と見立てさせる、インスタレーションという手法がとられており、アーティストたちの意向にできるだけ沿う形で展示がされているので、鑑賞者も思う存分その世界に浸ることができるようなつくりになっています。美術館周辺の広場にも、たっぷりスペースをとった形で草間彌生さんをはじめとする著名アーティストの作品が触れられる形で展示されています。
日本では他にちょっと類を見ない、非常に尖った、面白い美術館です。
スタンディング・ウーマン
さて受付で入場券(大人1200円)を購入し、順路通り進んで一番最初の部屋に『スタンディング・ウーマン』は展示されています。
彼女の全高は4メートル。
この大きさで、このリアルさ。
普段ホットトイズなどのスーパーリアルな人体のフィギュアを見慣れている身としては、この等身でまるで生きているかのような精緻な造形と彩色技術に、驚嘆させられます。衣服は全てスケールに合わせてちゃんと布で作られているようです。
何か思わしくない事態に直面しているような深刻な様子とも取れますし、それでいて朝起きてこないいい歳した息子を叱りつけた後のような気軽な日常の一瞬を切り取っただけのようにも見えます。
髪の毛や、左手薬指にちょっとサイズが合わなくなって食い込んだ結婚指輪。加齢の為肌に刻まれた皺や浮いた紙魚。先ほども書きましたが、とにかく彩色が凄い。一体どうやってこのスケールモデルを製作しているのか、工房を見学したくて仕方ありません。
人間の彫像って不思議なもので、見ず知らずの人間の像でも、その表情や姿勢から、自分の記憶の中の人間やその人との思い出を呼び起こされたりするものですよね。それがここまでリアルで、なおかつ現実を超越したサイズだと、イメージを喚起するのは容易となるような気がします。それこそが作品の狙いかもしれませんね。
いかがでしたでしょうか。
遠路はるばる青森まで行くかは人それぞれだと思いますが、お近くまでお出かけの際は確実に一見の価値ありです。
2008年には見逃してしまったロン・ミュエクの個展、次回がもしあれば今度こそ見逃さないようにしようと決意したところで、レポートを終わります。
お読みいただきありがとうございました。