雨の中の涙のように
I’ve seen things you people wouldn’t believe.
Attack ships on fire off the shoulder of Orion.
I watched C-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate.
All those moments will be lost in time, like tears in rain.
Time to die.
おまえたちには信じられないようなものを私は見てきた
オリオンの肩で燃える宇宙戦艦
タンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くCビーム
すべての記憶は時間と共にやがて消える
雨の中の涙のように
死ぬ時が来た
-『ブレードランナー』(1982)
ルトガー・ハウアーという人
ルトガー・ハウアーは、1944年1月23日、オランダ・アムステルダムで生を受けました。
紅茶を輸送するスクーナー(帆船)の船長でカリブ海を航海していた曽祖父の影響で、15歳の時にブルークレンの実家を出奔。
貨物船の二等水夫として、船乗りのキャリアをスタートしますが、船上で自らが「色覚特性(かつては色盲と呼ばれていた)」を持っていることが判りその道を断念することになりました。
ルトガーの両親は、二人ともが俳優であったため、実家に戻って来た息子を現地の演劇学校に送り込みます。
アムステルダムで演劇を学んだルトガーは、やがてスイスのバーゼルにある劇場で「雑用係」としての職を得ました。
働きながら演劇に関するあらゆることを学んだ彼は、1967年から1972年の間、演劇ユニットの一員としてオランダ全土を旅し、俳優としての人生を本格的に歩み始めます。
スクリーンデビュー作となったのは、同郷のポール・ヴァーホーヴェン監督の『危険な愛』(邦題にはわかりやすくルトガー・ハウアーとついてます)。
ルトガーが主演に抜擢されたこの映画はオランダ国内で大ヒットし、1973年の米アカデミー外国語映画賞にノミネートされたほどだったのですが、過激な内容が原因したか、日本では劇場公開が見送られました。
何はともあれ、新進気鋭の若手俳優として一躍その名を馳せたルトガーは順調に出演作を重ね、『ブレードランナー』までに20本近いキャリアを築いています。
前述したオランダを代表する巨匠ポール・ヴァーホーヴェン監督に重用され、『危険な愛』以降も『女王陛下の戦士』『スペッターズ』と2本の映画に出演していますが、この『女王陛下の戦士』で第二次世界大戦中のレジスタンス兵士を演じる彼を見たリドリー・スコットが、『ブレードランナー』へのキャスティングを決めたそうです。
後に「SF映画の金字塔」、以前と以降で映画史を塗り替えてしまったと評されるほどの巨大な作品となった『ブレードランナー』。
ルトガーが演じたロイ・バッティは、主人公デッカードが追う脱走レプリカントの頭目、ストーリー上最も重要と言っていい役どころで強烈な存在感を発揮し、前段の多分にルトガー自身のアドリブが入った最後のセリフ「Tears in rain monologue」と共に、映画ファンの脳裏に深く刻まれました。
『ブレードランナー』以降は、あまりヒット作品には恵まれませんでしたが多くの映画に出演し、21世紀に入ってからは『バットマンビギンス』や『シン・シティ』などの話題作にも短い時間ですが登場しています。
俳優以外の場面では、環境保護活動や、エイズ撲滅運動にも熱心に取り組んでいました。私財を投げうって慈善団体を設立したことでも知られています。
彼が主催する団体の公式ページによると、2019年7月19日、非常に短い闘病生活の後、オランダの自宅で亡くなっているところを発見されました。75歳でした。
病名等は明らかにされていません。
新しい価値を作るべき
映画ファンの1人として、彼ルトガー・ハウアーに関して印象的だった出来事と言えば、『ブレードランナー』続編として製作された2017年のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品『ブレードランナー2049』公開後のインタビューで、同作の印象を尋ねられた氏が、
「作品自体素晴らしいとは思ったけど、この映画が必要だったかどうかは分からない。美しいものは、そっとしておいて別のものを作れば良い。30年以上前の埋もれた成功を掘り返して、寄っかかる必要はないと思う。」
原文:I sniff and scratch at it. It looks great but I struggle to see why that film was necessary. I just think if something is so beautiful, you should just leave it alone and make another film. Don’t lean with one elbow on the success that was earned over 30 years in the underground. In many ways, Blade Runnerwasn’t about the replicants, it was about what does it mean to be human? It’s like E.T. But I’m not certain what the question was in the second Blade Runner. It’s not a character-driven movie and there’s no humor, there’s no love, there’s no soul. You can see the homage to the original. But that’s not enough to me. I knew that wasn’t going to work. But I think it’s not important what I think.
という、苦言と言っていい発言をしていたことです。
まさに至言ですよね。
何かと言うと、ヒット作の続編映画やリメイク作品が引きも切らないハリウッドをはじめとする創作側の姿勢、それを疑いもせず、むしろ嬉々として享受し続ける観客という現状。
個人的に『ブレードランナー2049』は傑作だと思っていたので(今でもそう思っていますが)、ロイ・バッティという前作の主要キャラクターを演じた俳優が発したこの言葉はひどく身につまされました。
今年2019年は奇しくも『ブレードランナー』の劇中と同じ年。
不謹慎と言われそうですが、ロイ・バッティと、それを演じたルトガー・ハウアーが同じ年に天に召されたのは、運命的なものを感じずにはいられません。
ご冥福をお祈り申し上げます。
参考文献:『メイキング・オブ・ブレードランナー』ソニー・マガジンズ刊 ポール・M・サモン著 品川四郎監訳