冷戦時代の冗談にこんなのがある。
A「え?英国にも料理番組があるんですか?」
B「別に驚くことはないでしょう。ソ連にも文化省があるのですから!」
そんな冗談の類と間違われやすいのが、「内陸国オーストリアに海軍」という話だ。
ハプスブルグ家が支配する、広大な版図をもつオーストリア・ハンガリー帝国として、第一次大戦までは実際にオーストリアに海軍はあったのだ。
ハリウッド映画『サウンド・オブ・ミュージック』はナチス支配下のオーストリアが舞台である。
主人公マリアが家庭教師として派遣された先の家の主人がトラップ氏で、彼は元海軍大佐という肩書であった。
学生時代、この映画を観た時に「海のないオーストリアなのに元海軍将校?」と思ってしまったものだが、これは無知から来る疑問であった。
当時ハプスブルグ家についての知識はゼロであった。
もっとも今でも、ハプスブルグ家の複雑な支配形態は覚えきっているわけではないが。
巡洋艦カイゼリン・エリザベート
下のイラストの船は当時欧州の王室中一番の美人との呼び声が高かったエリザベート皇后の名を冠した巡洋艦カイゼリン・エリザベート号。
20年前、21世紀がはじまったばかりの頃、仕事でウィーンに駐在していた時にオーストリアの隣の小国スロベニアを車で訪れた。
この国は人口200万人と聞いた。
イタリア人自慢の生ハムと同じプロシュートハムが名物で、これがまた美味なのだが、パンにはさんで食べてから、アドリア海に抜けた。
きらめく海の右手にはイタリアのトリエステ港が見えた。
ハムがイタリアと共通なのは、昔、欧州のこの辺りは全てハプスブルグ帝国であったからであり、その帝国海軍の本拠地がトリエステであった。
トリエステを母港としたカイゼリン・エリザベート号は4度も日本を親善訪問したことがある。
そして第一次大戦当時は、その4度目の訪日を終えて青島にいたが、敵国となってしまった日本海軍に包囲され、勝ち目はないと悟ったのだろう、自沈してその生涯を終えた。
名前の通り、なんとも優美な軍艦ではあった。
戦後の一時期、警備艇2隻にてドナウ川の安全を任務とするオーストリア軍の一部隊があり、海軍の名残を感じさせたが、現在はその任務は警察に引き継がれているようだ。
なお、ご近所トラブルの少ない諸国に囲まれた現在のオーストリアの、軍人年金を含む防衛費はGDPの0.75%だ。海軍こそないけれど、陸軍と空軍の装備及び練度は一流である。