ウィリアム・ターナーが描いた戦艦テメレーア号の知られざるその活躍

ウィリアム・ターナーが描いた戦艦テメレーア号の知られざるその活躍

HMS Temeraire(テメレーア)

テメレーア(テメレール)号は、有名な英国ネルソン艦隊の二番艦としてトラファルガー海戦に参加した船だ。

「向こう見ず」を表すフランス語 “Temeraire”の名が示す通り、集中攻撃を受けて危機に陥ったネルソン提督の旗艦HMSビクトリーを助けた上、敵艦2隻を降伏させる武勲を上げた誉れ高き戦列艦である。

何故英国の戦艦に、当時敵であったフランス語の名前がついているのか?

英海軍は1759年のラゴス海戦において拿捕したフランス軍艦を自国の艦として運用していた経緯があり、その艦が退役した後も、その艦の名前であったテメレーアを自国の艦に継承した、というわけである。

自分たちがつけた名前を持った敵国艦の存在は、フランスにとって屈辱であるから、その点を突いた心理作戦だ。

テメレーアは、英国の画家ウィリアム・ターナーによる1983年作の「The Fighting Temeraire tugged to her last berth(解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号)」という長い名前の油絵によって有名である。

この絵は英国を代表する最高の絵画作品と位置付けられており、ネルソン提督の銅像が見下ろすトラファルガー広場正面にある、ロンドン・ナショナル・ギャラリーにて常設展示されている。

上のイラストだとよくわからないかもしれないので本物もご参考に。

トラファルガー海戦においてテメレーアもかなり傷を負ったため、海戦後は戦闘以外の目的で使用されていたが、1838年に至り、テムズ川沿いの解体作業場に曳航されその生涯を終えた。ちょうどその場面をターナーは目撃していたのだ。

実際は昼間であったらしいが、栄光ある艦の最後を象徴するべくターナーの絵は夕日に照らされて神々しいまでに光る艦を描き、画家の感動や、艦に対する敬意を伝えている。

ちなみに日本だとこの絵のタイトルは「戦艦テメレール号」と簡潔にされてしまっている場合も多い。これは、いささか省略し過ぎの感がある。

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ターナーの技法について

J.M.ウィリアム・ターナー(1775-1851)は、夕日や月明かりに照らされる雲や海、船の情景といったものを描く際の、光と大気の繊細な表現方法に新機軸を打ち出した。

特徴的(当時)な彼の技法には、以下のようなものがある。

1.しばしば筆の代わりに、本来は絵具を混ぜるために使うパレットナイフ(調色用鏝)を用いた。一旦塗った箇所を鏝で削り取る、あるいは鏝の先端を使って鋭い線を入れるといったテクニックも使っている。

2. 絵の中で光が反射している箇所には、白色、橙色の絵具を鏝にて厚く盛るインパストと呼ばれる技法を使って、輝きをより強調した。コテコテに塗ったわけだね。

3. 素描集を土台に、それに記憶や想像を交えて、あたかもその場を見て描いたように描いた。つまり写実にみせかけた空想画である。画家は写真家ではないからこれでいいのである。

幼少時代のターナーの絵を、床屋であった彼の父親は店の窓ガラスに展示し販売していたというエピソードがあるくらい、小さいころから抜きんでた画才を持っていたターナー。

14歳の時に、The Royal Academy of Art 、まあ日本でいう東京芸大みたいなところに飛び級で入学したほどの腕前だった。

30代前半でこのロイヤル・アカデミーの教授に就任、夏季になるとフランスやらイタリアやらヨーロッパ中を旅して大量の素描を描き、冬季にそれを元に油絵を作成した。

彼が遺した素描集は300冊を超え、その殆どが現存している。

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