東京都練馬区に所在する「いわさきちひろ美術館」にて、2019年5月11日から7月28日までの期間、「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」という企画展が開催中です。
2008年に発表された1冊の絵本、『Arrival(アライバル)』によって世界を驚嘆させたタンの本邦初となる個展に、「上井草(美術館の最寄り駅)ってどこだよ~。」なんてブツブツ言いながらも、「図録売り切れる前に行かなきゃ。」と早速出かけて参りましたので、その模様などをレビュー致します。
ショーン・タンとの出会い
1本の鉛筆と1枚の紙。
1人の絵描きの、その技術や想像力を判断するに、これ以上分かりやすい舞台立てもないでしょう。
下のSNSに投稿された画像は、ショーン・タンの代表作『アライバル』の中の見開きページに使われた絵です。
『アライバル』という絵本は、その120ページ超の全編がこのクオリティの鉛筆画で構成された驚くべき作品でした。
ショーン・タンの「アライバル」というと、とかくそのテキストが一切ないというアイデアや、移民を扱ったテーマ性などばかりが大きく取沙汰されがちですが、僕が彼をまだご存じない読者の方に何よりも言いたいことは、ショーン・タンはまず「画家としての技量が凄い。」ということ、そして「絵がイマジネーション豊かで面白い。」という誰の目にも明らかなこの2点です。
(自分語り入ります。ご注意ください。)今から約10年前、30代に入ったばかりの僕は「意識高い大人」たるもの現在進行形のアートを解さなければならないはずだと、週末になると都内あちこちで開催されている現代美術のエキシビジョンに出かけては、「何だか全然意味わかんねえな。」と首をひねりながら帰って来たり、本屋を巡っては美術本のコーナーで草間彌生の作品集などを手あたり次第立ち読みをしたり、というどうかしてる生活を送っておりました。
そんな折、その(自分的に)不毛な本屋さん巡りの中で、アイナール・トゥルコウスキィというドイツの作家の「まっくら、奇妙にしずか」という1冊の絵本に出会い、全編シャープペンシルで描かれたというアートワークに感動、「やっぱり僕はこういう判りやすく凄いのがいいな。」と強く思ったわけです。
で、その経緯を大手出版社の絵本編集部に勤める友人に話したところ、「鉛筆画が好きなら、こういう人もいるよ。」とプレゼントしてくれたのがショーン・タンの『アライバル』でした。自分とたいして年齢も変わらないのに(ショーン・タンは今年45歳。筆者の3つ上)、世界にはこんなに上手くて面白い絵を描く人がいるのかと度肝を抜かれて、以降、ファンの1人として彼の絵本を収集したりしています。
ショーン・タンの世界展レポート
そんなわけで、誰の目で見たって凄い、しかも彼は自作アニメーションで米アカデミー賞とったりしてますので、その個展が日本で初開催されるとなれば、企画展が開催されるたびに大盛況の上野の森美術館や、六本木の新国立美術館といったどちらも自宅からそう遠くない場所でやるだろうとばかり思っていたのですが、会場は練馬区の「いわさきちひろ美術館」。
おお、「りゅうのめのなみだ」のいわさきちひろね、あの絵本大好きだったな、でもその美術館どこにあるんだろう?
調べてみると西武新宿線「上井草」駅から徒歩7分。乗換案内サイトによると、台東区にある筆者の自宅からは「54分」かかるとのこと。
同じ都内なのに往復2時間もかかるのかと、元来めんどくさがりな筆者の心は折れかかりましたが、次の機会がいつになるか判りませんし、シド・ミード展の時のように出遅れてグッズが売り切れまくったりしていたら悔やみきれないので、心を奮い立たせて行ってまいりました。
美術館の最寄り駅、西武新宿線「上井草」駅は、「西武新宿」駅からは鈍行列車で約30分。急行を乗り継いだりすると20分程度です。遠方からお越しの際は、JRや私鉄各線から西武新宿線への乗り換えは、「西武新宿」よりも「高田馬場」駅で行った方が歩く距離がずっと短くていいみたいですよ。ちなみに筆者は、Googleマップとにらめっこした結果、JR総武線「荻窪」駅から歩けるのではないかと誤認し、結果徒歩30分以上、片道1時間15分ほどかかってしまいました。荻窪駅から行く場合は、公式サイト通りバスを使われることをお勧めします。本数は多くないので時刻表を事前に調べておくといいでしょう。
そんなこんなで、交通量多めな新青梅街道沿い「こんなところに美術館あるんかいな?」とちょっと不安になるエリアに、ひょっこり登場する「いわさきちひろ美術館」。住宅街の中にあるにしてはかなり大きな建物。覗き見える中庭がお洒落なモダンな意匠の建築に、急に期待は高まります。
と、残念ながら館内は撮影禁止でしたので、ここからはテキストのみのレポートになりますが、まずこのいわさきちひろ美術館が、立地こそアクセスが少し不便なところにありますが、木の風合いが柔らかい建築といい、アットホームな展示室といい、入ってすぐのところにあるカフェといい、物販コーナーといい、小づくりながら非常に清潔、お洒落でいて落ち着く素晴らしい空間でした。
入館料は800円。この値段で企画展も観覧可能です。大変良心的。この時点で好感しかありません。
企画展「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」は、1階と2階、2つの展示スペースで開催されています。
入り口にから入って左手の方にある1階の展示では、タンの年表に始まり、アトリエを模した作業スペース、そして『ロスト・シング』や『遠い町から来た話』、『夏のルール』などの原画や草稿、スケッチなどがふんだんに展示されています。『ロスト・シング』のアニメーション製作についての動画も映写されていました。
そして中央踊り場に戻って、らせん状の階段を登った先にある2階のスペースでは、入り口コーナーの格子状に配置された人の顔の群像で判る通り、本展目玉であるだろう『アライバル』の原画や製作段階の下書き、コンセプトアートなどの展示、奥側には新作『内なる町から来た話』の彩色原画や、タンによる世界のあちこちで描いた日常風景の油彩画などが展示されています。
とにかく見やすく、展示の内容も期待以上に素晴らしく、遠いからとグズグズ言ってた自分をビンタで張り飛ばしたくなるような、見逃したら絶対後悔する個展でした。個人的にお勧めは(どれもお勧めですが)、2階の『内なる町から来た話』原画です。絵の大きさ故かもしれませんが、タンの作り出す幻想的な空間に自分も入ってしまったようなトリップ感を得ることができます。
また、当美術館の常設となりますいわさきちひろさんの原画も、こちらも素晴らしい上のでお見逃しないよう。
さて最後は、お楽しみ物販の情報です。
本展の図録、「ショーン・タンの世界」は一般の書店でも販売されるようですが、会場で購入するとこちらのようなタン描き下ろしのカードがついてきます。
ファンとしてはマストバイな一品となっております。
他にも、邦訳絵本ほぼ全種類、缶バッジ(1個400円くらい)、クリアファイル(1P500円くらい)、A4ポスター(1600円くらい)、キャンパスアート(7000円くらい)、ポストカード(250円くらい)、一筆箋、マスキングテープ、ボールペン、トートバッグ(3800円くらい)などが種類も豊富に販売されていました。公式サイトには全部出ていませんが、物販目当てに足を運んでも充分元はとれます。
いかがでしたでしょうか。
肝心の展示の様子が画像で紹介できなくて心苦しいですが、当代随一といっていい鉛筆画界の若き巨匠、ショーン・タンの個展。
会期は二カ月と長めですが、それでもうかうかしてると終わってしまいますので、興味のある方は是非お早めに足を運んでみてくださいね。