『POLAR/狙われた暗殺者』ネタバレなし
ホントは、NETFLIXオリジナル作品として初めてアカデミー作品賞にノミネートされた、アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA』のレビューをしようとipadを手に取ったんですが、観始めて10分くらい、父親が車で犬の糞をゆっくり踏んだシーンあたりで、「これ、さてはアクション映画ではないな。」と悟りまして急遽中断。人生は短いのです。例え世間的に評価の高い映画でも守備範囲外と感じたら潔く退くべし、と昨年『ムーンライト』を観たときに固く決意したんですね。
そんなわけで、せっかく家族も早く寝静まって、ウキウキ一人きりの映画タイムと洒落こんでいたのに当てが外れたなあ、と思っているとそういえば今日は2019年1月25日。同じく話題のNETFLIXオリジナル映画、マッツ・ミケルセン主演『POLAR/狙われた暗殺者』の配信開始日じゃあないですか。漏れ聞こえてくる事前情報や予告編を見る限り、この映画はまさに筆者のストライクゾーンど真ん中。「よっしゃあ!」と謎の快哉を上げつつ、さっそく鑑賞してみました。
ヨナス・アカーランド監督『POLAR/狙われた暗殺者』のあらすじはこちらです。(公式ページより抜粋)
殺し屋稼業からの引退を目前にして、穏やかな生活を送っていた凄腕暗殺者を狙う冷酷非情な若手刺客集団。強欲なボスの仕業だと知り、男は決死の反撃に出る。
ちょっとアクション映画がお好きな方なら、このあらすじを読んで、『ジョン・ウィック』とか『イコライザー』とかを想像して、あの手と同じかなと予想されると思いますがそれはその通り、あの手合いで間違いありません。元も子もない言い方をすると、『ジョン・ウィック』と2006年の『スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい』を足して2で割ったような作品です。
要は、リタイアした伝説の殺し屋が、その強さを甘く見積もって襲ってくるバカを返り討ちにするだけの話なんですが、やけにポップ(色彩的にも)で軽い敵陣営の描き方に対して、ドスンと重厚でシリアスな主人公パートとの対比が禍々しいくらいのアンバランスを生んでいまして、過剰なゴア表現と性描写もあいまって、まるで猛毒をもつ極彩色の生物のような存在感を放っている映画です。端的に言って非常に好みです。
上に挙げたような類似作品もそうですが、こういった映画は、「いかに主人公の強さを説得力を持って表現するか」が肝なんですが、それもバッチリ。特に今作の白眉であろう夜の山荘での攻防は必見です。寒くないんでしょうか彼は。
また玩具コレクター的見地から言うと、今作、なんといっても主人公のダンカン・ヴィズラ(マッツ・ミケルセン)の造形が素晴らしい。古今東西ここまで殺し屋役が似合う俳優がかつて存在したでしょうか。黒いロングコートに左目のアイパッチ、必殺技ギミックも完璧。とにかく絵になるんで、彼が動いているところ見るためだけでも鑑賞する価値があります。
原作について
本作の原作は、2012年にwebで配信されたヴィクター・サントスによる『ブラック・カイザー』というグラフィックノベルです。黒とオレンジと白だけで構成されたアートワークが特徴のコミックで、その作風はフランク・ミラーの『シン・シティ』や『300』に触発されていることが伺えます。
サントスの『ブラック・カイザー』は、彼自身が「昔のマーベルコミックと、トレヴェニアンの小説と、ボーンシリーズの映画と、日本の漫画をミックスした。」と語っているように、おそらくは、前述したアートワークも含めて彼自身が好きなものの要素を詰め込んだ作品だったのですが、最初、台詞がひとつもないという意欲的な手法をとっていため、出版社に出版を断られて、やむなくweb配信という手段をとりました。で、実際に配信された作品を見たアメコミ出版社ダークホースコミックスの編集者が、その出来の良さに商業的な可能性を感じて、「セリフを加えて判りやすくしよう。」と提案。サントスがそれを受け入れて、2013年『 Polar Volume 1 Came From the Cold』として出版されたという経緯があります。シリーズは以降、人気を博し、現在までにシリーズ4巻(オリジナルのブラック・カイザーを含めると5冊)が刊行されています。
実際読んでみると、映画から受ける印象とはだいぶ異なる、アート作品の色合いが濃いコミックです。邦訳は出版されていませんが、Amazonで原著が注文可能です。作者自身が志向したようにセリフなしでも何が起こっているか判りますし、ストーリーそのものは映画とだいたい一緒ですので、掘り下げたい方はぜひご一読ください。
NETFLIXならではの映画
他に特筆すべきこととして、この映画『POLAR/狙われた暗殺者』は、とにかく現在の映画界メインストリームへのアンチテーゼのような作品です。何かというとポリティカル・コレクトネス的にNGだとか、ちょっと尖ったことをするとすぐ足元掬われてしまう昨今、もちろんこれらの事項にまったく頓着しないのも問題ですが、忖度し過ぎて去勢されたような映画ばっかり増えていく現状には、イチ映画ファンとしていい加減うんざりしています。
そこにきてこの映画、主人公は煙草をパカパカ吸うし、性描写はどぎついし、子供を使って悪趣味な笑いを取りに来るし、人を痛めつけるシーンはもうグッチャグチャです。劇場公開作品ならば絶対に規制の網を逃れ得ないだろう露悪的な表現の数々を、そういったことに目くじら立てる層を嘲笑うかのように嬉々としてぶち込んでいて、その姿勢にむしろ清々しいものを感じます。
アメリカの大手映画レビューサイトの批評家たちはこぞってこの映画を批判しているようですが、彼らはこういう映画に高評価をすることは難しいでしょう。「表現の自由」は形を変えて、こういった映像配信サービスの中で生き続けることになるのかもしれない、そんな一端のことを述べてみたところで、拙稿を終わりたいと思います。痛そうなの苦手じゃなければ、面白いよ!
総評:89点(うちNETFLIXがんばれポイント10点)