※本稿は小説『ミレニアム』1~3及び米・瑞両方で制作された過去の映画のネタバレをたっぷり含みます
映画『蜘蛛の巣を払う女』
2019年1月11日に公開が迫る、米瑞英仏独5か国製作の映画『蜘蛛の巣を払う女』。
8年前にダニエル・クレイグ、ルーニー・マーラ主演で製作・公開された『ドラゴンタトゥーの女』の続編であり、その原作がスウェーデン発の大ヒットミステリー小説、『ミレニアム』シリーズだということはご存知の方も多いはず。
ここ日本においても、この『ミレニアム』という小説は海外ミステリーファンを中心に大変話題になった作品でして、2010年度版(2009年発行)の「このミステリーがすごい!」の海外編トップ10にミレニアム三部作の3作全てがランクインしたほど。筆者もご多聞に漏れず2009年にこの三部作を読んですぐ夢中になり、それこそこの10年でシリーズを何周もしてしまっているほど思い入れがあります。
僕としては、是非あまねく全ての方に原作小説を読んで頂いて、それから映画館に足に運んで頂きたいのが本音ではありますが、ただでさえ海外ミステリー小説というと、「名前がややこしくて覚えられない」とか「翻訳がまどろっこしくて眠くなる」とかいう偏見をお持ちの方が少なくなく、さらに追い打ちをかけるようにこの『ミレニアム』シリーズは、一本一本が大長編でして、おそらく既刊5作を読了するのに、一生懸命読んだとしても一週間は優にかかるでしょう。これはいささかハードルが高いと言わざるを得ません。
そこで本稿では僭越ながら、これまでに全5作発表されている原作小説や、映画にまったく触れていなくても、シリーズ最新作映画『蜘蛛の巣を払う女』を心から楽しんでいただけるよう、これまでの経緯や、映画のみどころ、ポイントなどを駆け足気味にご紹介します。
言うまでもなく既刊小説のネタバレを含みますが、今後小説などに触れたりする方のために、なるべく事件の真相であるとか、犯人の名前だとかは伏せた状態で進めたいと思います。シリーズファンにとってはダイジェスト的に「端折りすぎだ」と思う向きも多々あるかと存じますが、どうか主旨をご理解頂き、生温かい目で読み進めて頂けますようお願い申し上げます。
原作小説の数奇な運命
2011年に公開された映画『ドラゴンタトゥーの女』の原作がミレニアム1、では『蜘蛛の巣を払う女』の原作はミレニアム2なのかというと実はそうではありません。前段で恣意的に「三部作」と書いていますが、小説『ミレニアム』はこれまでに5作刊行されており、このたび公開される『蜘蛛の巣を払う女』は、ミレニアム4にあたります。
まず前提として。ミレニアムの1から3を執筆したシリーズの創造主、スティーグ・ラーソンは、自らの小説の大ヒットを見ることなく2004年に突然亡くなっています。本シリーズは原作者の死後に出版され、のちに映画化された珍しいシリーズなのです。ラーソンが遺したこの最初の三部作は全世界で8000万部を売り上げました。
ラーソンには生前、公私にわたる女性パートナーが存在したんですが、彼女のもとに遺されたPCにはラーソンによる4作目の草稿(内容は全体の4分の3程度だったそうです)がありました。当然世界中のファンが、例え絶筆だとしても、その幻の「4作目」の出版を熱望したのは言うまでもありません。ですが、この女性パートナーは間違いなくラーソンの事実上の奥さんだったにも関わらず、入籍をしていなかったため、この遺作の所有権をめぐって、ラーソンの遺族、出版社との泥沼の法廷闘争に突入してしまいます。
で、何年にもわたるすったもんだがありまして、結局出版社側は、ラーソンの遺した草稿を諦めて、シリーズのリブート、4作目の執筆を別の作家に依頼することを決断。サッカー選手のイブラヒモビッチの自伝『I am Zlatan』などでその名をあげたダヴィド・ラーゲルクランツにその白羽の矢が立ちます。
一般的に言って、創造主の手を離れたシリーズ小説の継続は稀というだけでなく、非常に難しいものがあり(スターウォーズが顕著な例です)、このまさかの新作『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』もそのクオリティ面でとても危ぶまれたのですが、これが発売するやいなやまさかの大ヒット。シリーズは見事な再発進に成功します。
このラーゲルクランツ版ミレニアムは、現状3作の執筆が契約されており、こちらもトリロジーとなる予定です。
ミレニアムってどんな話?
端的に言って『ミレニアム』=「リスベット・サランデルの冒険」です。
20代の天才ハッカーにして、映像記録能力者。ハードめのパンクファッションに身を包んだ、対人コミュニケーション能力にやや難ありのバイセクシャル。
容姿や中身、行動も特異なら、その半生も壮絶の一言。
そんな彼女が、その優れた頭脳と誰も予想できない行動力をもって難事件を解決したり、自分の暗い過去に決着をつけたり、人助けをしたりするシリーズです。一風変わった女性名探偵ものといってもそんなに語弊はないでしょう。
『ドラゴンタトゥーの女』を映画で観たり、小説を読んだりした方は、「あれ?主人公ってもう一人男がいなかった?」と思うかもしれません。
リスベットをして「名探偵カッレくん」と揶揄される雑誌『ミレニアム』のライター、ハリウッド版映画ではダニエル・クレイグが演じたミカエル・ブルムクヴィストは確かに主役級の重要人物であり、物語は主に彼が経験している出来事と、リスベットが経験している出来事を交互に描くことで進行するのですが、私見ではリスベットとミカエルの関係性は、完全にホームズとワトソン。リスベットが主で、ミカエルは従と考えて間違いありません。ミカエルはあくまで優秀な助手であり語り手。ラーゲルクランツ版になってからはその傾向はさらに強くなっているように感じます。
そもそも『ミレニアム』というシリーズ自体、性暴力を受けた女性と接したスティーグ・ラーソンが、義憤の心をもって執筆を開始した作品です。現代においてもあらゆる場面で理不尽な抑圧を受け続ける女性の解放がシリーズのテーマでもあります。
いわばリスベットはスウェーデン版のワンダーウーマンなのです。コードネームはワスプ(マーベル)ですがね。
これまで何があったの?
『蜘蛛の巣を払う女』までの、『ミレニアム1~3』の物語の経緯を物凄くざっくり紹介いたします。
事の発端は、ミカエルが自分が編集部に所属する「ミレニアム」という雑誌の記事である金持ちの不正を糾弾したことから始まります。金持ちからの圧力で、休職に追い込まれたミカエルは、ひょんなことから別の富豪から、36年前の過去に起きた少女行方不明事件の捜査を依頼されます。事件解決の報酬はミカエルを窮地に追い込んだ金持ちを破滅させる「証拠」。引き受けたミカエルの調査は難航しますが、依頼人に「優秀な調査員」としてリスベットを紹介されます。強力な味方を得たミカエルは見事事件を解決。そしてリスベットは、この機会を利用してそれまで精神病院帰りの「保護観察処分」で行動に制限がついていたんですが、その楔を脱出、ついでにミカエルの敵であった金持ちの財産をハッキングでかっさらって大金持ちになります。ここまでがミレニアム1の話。
なぜリスベットが過去精神病院にいたかというと、実の父親に嵌められたからでした。母親にはげしい暴力を振るっていた父親を許せなかったリスベットは、父親に火をつけて半殺しにしたんですが、生き延びたその父親の手によって精神病院送りになったのです。この父親というのがロシアから亡命してきた元スパイで、国にとって重要な情報をたくさん持っていたため、リスベットの訴えは悉く黙殺され、父に遣わされた者たちによって、少女期のリスベットはそりゃあもう凄惨な目にあってきたのでした。
その父親の魔の手が、再びリスベットに及びます。父親とともに、極悪で超強い兄貴(異母兄)もリスベットを亡き者にすべく暗躍します。彼らによって殺人の罪を着せられたリスベットは逃げ回りながら、父親の姿を追います。ミカエルら、1でリスベットに世話になった面々は、陰ながら彼女を応援、彼らなりのルートで並行して事件の真相を追求します。ついに、自らの父親と対決することになったリスベット。しかしリスベットの到来を予期していた憎むべき父に、頭部を含めて3発の銃弾を撃ち込まれダウン、土の中に埋葬されてしまいます。ところがリスベットは死んでいませんでした。ゾンビの如く、地中から脱出、油断していた父親の頭に斧による一撃を叩きこみ、そのまま気絶。現場に駆け付けたミカエルがドクターヘリを呼んでミレニアム2は終了。
リスベットも父親も一命をとりとめます。病室で近くの部屋に入院している二人。父親の方が回復が早く、リスベットは万事休す。しかし、リスベットの父親の悪行や違法行為にことごとく目をつぶり、時には隠ぺいに力をかしてきた政府当局内のシンジケートが、この父娘の抹殺に動き出します。父親は口封じにあっさり処分され、全ての罪をリスベットに着せて事の収束を図ろうとする当局。重傷で思うように動けないリスベットの代わりに、ミカエルをはじめとするリスベットの親衛隊、その名も「狂卓の騎士」たちが、証拠集めや法廷闘争に奮闘。ついにリスベットの父親とシンジケートの黒いつながりが白日の下に晒され、リスベットはやがて自由の身に。ここまでがミレニアム3のお話です。
お読みいただいてお判りのように、物語はミレニアム3をもって一応の大団円を迎え、解決されずに次作に残された伏線や事件などは殆どありません。ストーリー的な前情報としては、前段のリスペットやミカエルの人となりと共に、リスベットの父親が元スパイのひどい奴で、そいつはもうやっつけた、という認識でいさえすれば、4から入って頂いて問題ないと思います。
覚えておくとより楽しい人物リスト
とはいえ、連作小説の都合上、シリーズを通して登場しているキャラクターがミカエルとリスベット以外にも何人か登場し、新作映画にもこれらの人物が、ろくな紹介もなしに登場する可能性がありますので、僕なりの人物評を添えて、何名かリストアップしておきます。
あくまで新作映画に登場が思しき、もしくは劇中で名前が何度も登場するであろう人物のみです。
スウェーデンの方の名前は大変覚えづらいですが、ほんの数名ですので。
- ホルゲル・パルムグレン・・・老弁護士。リスベットの優しき元保護観察員で、リスベットが信頼する数少ない人間の一人。高齢のため健康に不安あり。
- ドラガン・アルマンスキー・・・同じくリスベットの数少ない味方で、元リスベットの雇い主。ミルトン・セキュリティー社長。やり手で優秀で誠実な人物。
- ハリエット・ヴァンゲル・・・ミレニアム1でミカエルとリスベットが助けた人物。金持ち。
- エリカ・ヴェルジュ・・・夫帯者ながらにしてミカエルの恋人。雑誌ミレニアムの編集長。世界中の読者に北欧における性の先進性について教えてくれた人物。味方だがいつも会社の資金繰りに頭を悩ませており、あまり役に立たない。
- クリステル・マルム・・・雑誌ミレニアムのアートディレクター。有能。常識人。ミカエルが編集部内で一番頼りにしている人物。
- アレクサンデル・ザラチェンコ・・・リスベットの父ちゃん。極悪人で故人。
- ヤン・ブブランスキーとソーニャ・ムーディグ・・・わりと良識ある警察の人。
以上です。これ以外の人は訳知り顔で画面に出てきても、原作ファンもうろ覚えなくらいのちょい役ですので、気にしなくてもきっと大丈夫(無責任な断言)です。
いかがでしたでしょうか。ミレニアム三部作、総計2,000頁を超える超大作をざっくり要約してみました。
原作をめぐる法廷闘争を別にして、興収がいまいち振るわなかったために続編が頓挫してしまったという噂の映画『ドラゴンタトゥーの女』。今週末に公開される『蜘蛛の巣を払う女』はそのようなことがなく、ちゃんと同一キャストでトリロジーが描かれますよう祈願して、本稿を締めくくります。お付き合いいただきありがとうございました。