開拓者のリアルが胸にせまる映画『ファースト・マン』レビュー

開拓者のリアルが胸にせまる映画『ファースト・マン』レビュー
Advertisement

※ネタバレについて直接の言及はしていませんが、ほのめかす程度のことは書いています。気になる方はご注意ください。

デミアン・チャゼル節は健在

「天才」の呼び声高い若干34歳の俊英が、満を持して世に送り出した長編映画3作目が本作『ファースト・マン』。ところが本国アメリカ批評家筋の評価こそおおむね肯定的ではあったものの、前2作『セッション』や『ララランド』と比較して観客の反応や興行収入はいまひとつ、といった趣き。大手映画レビューサイトを覗いても、「地味」「淡々としすぎている」「画面が見辛い」と厳しめの感想が多い印象です。確かに指摘されているような欠点は、そのどれもが的を得ているようにも思えるのですが、では僕の感想は?というとこれがビックリするくらい感動してしまいまして。この監督はやっぱすげえなあと唸りながら映画館を後にした次第です。

デミアン・チャゼル監督作品というと感情の奔流を伴う切れ味鋭いラストが特徴として知られています。そのクライマックスが今回はなかった、というのが鑑賞済みの方々多勢の見解なんですが、そんなことはありません。本作のクライマックスはもちろんアポロ11号打ち上げから、エンディングまでです。おそらく、鑑賞する人間の宇宙に憧れる度合いや、ロケットの打ち上げを普段どう思っているかによって、こうも受け止め方が分かれてしまったのではないでしょうか。

Advertisement

僕はロケットの打ち上げが大好きです。実際生で観たことはありませんが、重力の楔を断ち切り、美しくも冷たい圧倒的な死の世界へ轟音と共に一直線に突き進むその雄姿は、搭乗しているはずの宇宙飛行士たちも含めて「人間の意志の力」そのものを見ているような気がしてくるんですね。で、監督が感情の起伏が少ない静かなニール・アームストロング船長(ライアン・ゴズリング)の姿を通して、本作『ファースト・マン』で描きたかったものこそ、それだったのではないかと。本作の終盤で丹念に描かれるアポロ11号の発射シーケンス、それまで必要最小限しか使われなかった俯瞰ショットで雲を突き破り上昇していくロケットの映像(本物)こそ、そのことを象徴しているような気がします。

月でのアームストロング船長の行動についても、やや感傷的に過ぎるといった意見もあるようですが、遺族や関係者のインタビュー記事を読むと、彼が人一倍家族思いだったことは間違いなく、また現地で何をしていたか判らない空白の時間があることも事実で、現実の人間を題材にした創作として、誠意ある表現だったと僕は思います。

Advertisement

細かすぎて伝わらないほどのこだわり

この映画、素晴らしい作品なんですが、端的にいってしんどい映画です。

というのも、ほぼ全編にわたって主人公であるニール・アームストロングの主観、もしくは俳優の顔の数十センチ離れたところからの接写で場面が展開されるため、まるでその場にいるかのような息苦しい臨場感を強要されるんですね。あまりのリアルさに宇宙船に乗り込む場面では、自分まで棺桶に閉じ込められているような恐怖さえ覚えます。製作に当たってデミアン・チャゼル監督は、極力CGを用いず、宇宙船のセットや小道具、衣装、撮影機材まで徹底的にこだわりぬき、この臨場感を出すことに全てを注いだそうです。

宇宙にいる場面で、宇宙船を外から撮影したショットがなく、宇宙の様子は船窓から見えるものばかりだったとお気づきの方もおられると思いますが、驚くべきことにこの場面はCG合成ではなく、セットの宇宙船の外に大きなスクリーンを用意してそこにNASAから提供された映像を流し、それを船中から撮影しているのだそうです。

また、地球にいる場面の撮影では現在映画撮影において主流であるデジタルカメラではなく、1960年代の空気感を出すために16ミリフィルムカメラを使用。反対に月にいる場面は、大気がないのでものがクッキリ見えるということを表現するため、デジタルカメラよりさらに解像度の高い70ミリフィルムで撮影されています。

また使用されている音楽についても、当時ニール・アームストロングが実際に宇宙で聞いた音楽を、当時の機材で録音するという偏執的なことをやっています。こんなこと言われなきゃ判らないですよね(笑)。

総じてひとつの映画というより、コンセプト色が強い総合芸術作品といった感のある『ファースト・マン』。

誰にとっても楽しい映画、というわけではありませんが、映画史に残る、観ておくべき作品であることは間違いありません。宇宙航空ファンなら感動もできますしね。

総評:92点(うち前澤社長うらやまポイント10点)

Advertisement

映画の感想カテゴリの最新記事