【判った気になれる相対性理論】アインシュタインに影響を与えた人々1:ファラデーとマクスウェル

【判った気になれる相対性理論】アインシュタインに影響を与えた人々1:ファラデーとマクスウェル

アインシュタインに影響を与えた人々

アインシュタインは孤高の研究者ではあったが、一人でイチから相対性理論を思いついたわけではない。

自身が認めている通り、過去及び同時代の科学者、哲学者から影響を受けている。

相関図を簡単にまとめると以下のようになる。

上の図においてのニュートンの位置づけには、我ながらちょっと違和感がある。

彼は偉大過ぎるので、この図はふさわしくないかもしれない。

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ファラデーとマクスウェルの電磁気学

端的に誰が一番アインシュタインに影響を与えたかといえば、それはファラデーとマクスウェルである。

アインシュタイン自身が「相対性理論は電磁気学があってはじめて成立できた」と著書に遺している。

古代から光は不思議なものであったが、19世紀までは、まあ他の物質と同様に扱っても差し支えないだろう、触らぬ神に祟りなし、ってな感じでなんとか誤魔化して来たのだが、観測機器の発達により、ほっかむりしている訳にはいかなくなったのである。

そこで登場したのが二人の英国人。

実験の天才ファラデーと数学の天才マクスウェルは、空間における「電場」と「磁場」、合わせて「電磁場」なる考えを創出した。

このことにより光を含む電磁波の伝播をうまいこと説明できるようになった。

但しこの時点では、二人は自分たちが考えた「電磁場」は、「エーテル」の中で動作するとしていた。

光を生涯の研究課題としていたアインシュタインは、この電磁気学に触発されて、光を粒子と捉えてしまえば、エーテルは無視してよいことに気付いた。

こうしてアインシュタインは量子力学の創始者の一人になったわけだ。

「電場と磁場が交互に進みながら光を運び、その速度はどんな運動状態にある観測者にとっても常に一定の30万キロ/秒であるなら、空間と時間の方を変数としてしまえ」という割り切りと、電磁場という概念を参考に、ガリレオの石とニュートンの林檎が地面に落下する理由として「重力場」なる概念を創り出した。

ファラデーとマクスウェルがいなかったら、アインシュタインは別の研究に向かっていただろう。

 

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マイケル・ファラデー

ファラデーとマクスウェル、二人を比較するとその育ちはまるで正反対である。

ファラデーは貧しい鍛冶屋の息子として育ったため、学校教育はほとんど受けていない。

若いころは製本屋で丁稚奉公をしていた。

当時、資産家の間では気に入った書籍に好みの装丁を施して本棚を飾ることが流行していたから、製本業は羽振りが良かった。

ファラデーは働きながら、金持ちが装丁のために持ち込んだ貴重な本をこっそりむさぼり読むことで独学し、好きな科学実験も行った。

その後、運が向いたのか、彼の実験結果は当時の有名な学者の目に留まり、優れた設備のある実験環境を手に入れることが出来た。

彼は「実験」について抜群のセンスがあった。

機会を得て、彼は様々な自然界の法則に気付くことになった。

その中の有名なものに、電磁誘導の実験がある。

彼には数学の教養がなかったため、数式のない解説を書いたのだが、その内容は著名な学者たちを驚かす高度なものであった。

彼は「ローソクの科学」の著者として世界的に知られている。

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ジェームズ・クラーク・マクスウェルとの出会い

一方、マクスウェルは富裕層出身であり、優秀な学生であったから、その種の人間が当然辿る道であるケンブリッジ大学に進学した。

ニュートンの後輩である。

彼は特に数学に非凡な才能を見せていた。

ファラデーとマクスウェル、エリートと雑草、そんな違いを持つ二人が出会った。

マクスウェルは上流階級出身にも関わらず謙虚な性格であったから、ファラデーに対しても公正な態度で接した。

そして、ほぼ無学歴の男の実験能力を直ちに認め、協力することを誓った。

二人の協力関係は、簡単に言えばファラデーが実験結果を文章と図で示し、マクスウェルがそれを数式に置き換える、というものである。

もちろんマクスウェルは単なるファラデーの翻訳者ではなく、置き換えた数式を更に発展させて「電磁気学」という新しい学問体系を構築した。

 

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